歯周病コラム
1990年代初めから、すでに歯周病学の世界では、歯周病の存在が全身に影響をあたえているらしい、という状況証拠が相次いで報告されてきた。
それらは今日、「歯周医学(Periodontal Medicine)」という新しい分野として、主に心血管系(冠動脈性心疾患、アテローム性動脈硬化症)、早産・低出生体重児(いわゆる未熟児)、また糖尿病や慢性閉塞性肺疾患(慢性気管支炎や気腫など)、誤嚥性肺炎などとの関連が歯周病学の教科書にも記載されている。
ご存知のように、歯周病は細菌が原因で起こる「感染症」としての特徴を強く持っている。したがって、血管を通して細菌の侵入、またそれに付随する炎症反応が、他の臓器に影響を与えるということは十分に考えられる。
アメリカの研究者によれば、28本の歯(親知らずを除いた歯の数)が中等度の歯周炎になると、その感染部位の総面積は「手のひら」ほどにもなるという。そんな広い感染部位が体の他部位にあったら、あまりの痛みで病院へ駆け込むと思う。歯周病が他の全身疾患への細菌の「供給基地」や炎症の「元締め」となる可能性は大いにある。
さて、読者のみなさんにとっての興味は、もし自分が歯周病の治療を受けたら上記の全身疾患のリスクがどのくらい減るのか?病気の改善があるか?であろう。現在までは限られた患者群での、限られた数の研究しかないため、明確な答えを出すにはもう少し待つべきだが、歯周病は重症化しないと症状の出にくい「静かな病気」である。
歯周病の感受性(なりやすさ、進行のしやすさ)には個体差があると書いた(「歯周病になりやすい人」)。我々歯科医師、果たして目の前の患者の歯周病が将来どの程度進行するか?どの歯のどの部分から発症して進行するか?を正確に予測することは非常に困難である。なので、歯周病が皆さんの口の中に歯周病が存在すれば、とりあえず全ての患者さん、全罹患部位を治療をするしか手はない。
加えて、歯周病と全身疾患の関係が明らかであるといっても、実はそれにより歯周病治療の体系自体にはさほど影響は与えず、要は「原因の除去」(ポケット内のプラークの除去)と「再発の予防」(歯の周りのプラークコントロール)がその中心であることには変わりない。歯周病はそれ自体が歯の喪失を引き起こしうる「病気」の状態であり、放置は許されず、全身に影響を与えようが与えまいが治療は行われるべきなのだ。
ただし、この分野の知見がさらに増せば、我々歯科医師は患者さんへ、歯周病治療の意義をさらに強く説明することが可能であし、今よりさらに患者さんのQOLの向上に貢献できるのだ。さらなる研究の推進を、1人の現場の歯科医師として強く望む。
(週刊金曜日2006 大野純一著「歯生活を楽しくする歯科講座」より一部改変)
参考文献
Lindhe, Karring, Lang eds: Clinical Periodontology and Implant Dentistry (Blackwell-Munksgaard) 2003
野口俊英 編:歯周病と全身疾患 日本歯科評論別冊2006 (ヒョーロン)2006