インプラントコラム
インプラント治療がずいぶん広まってきました。患者さんからの質問もよく頂きます。そこでインプラントに対する私の考え方を述べてみたいと思います。
インプラント治療とは簡単に言うと、歯を失った後の顎骨に、チタン製の人工歯根を入れて、歯と同じように噛めるようにしようという治療法です。従来の義歯に比べてものを食べるときに、とても快適とされています。
ただ、健康保険の適応外であるうえ、手術も必要となり、患者さんにとってはいろいろな意味で負担となります。
現在のタイプのインプラントは1960年代に、スウェーデンで私が留学していたイエテボリ大学で開発されました。なので、留学中は実際の長期症例を見る機会も多く、また私自身も必要な患者さんには手術を行っていました。
そうした経験を通して私は現在、インプラントに対してはこう考えています。
皆さんはどこかで「インプラントを入れれば問題ないので、早めに抜歯しましょう」と、言われたことはありませんか?
よく考えてみて下さい。
インプラントを行えば、歯を失った原因を取り除けるのでしょうか?
抜歯となる歯の多くは、「歯周病や虫歯」です。歯の根が折れるケースもありますが、もともとは虫歯や歯周病で治療を受けた歯であることがほとんどです。
それらの原因を除かないでインプラントを埋めることは、口の中にもう一つ、トラブルの素を作るだけかもしれないことは、想像がつくと思います。それもだめになったら、またまたインプラントを入れるのでしょうか?
トラブル多発の口の中の多くは、「細菌に支配された口の中」と言えます。そんな口の中にインプラントを行う勇気は、私にはありません。
冷静に考えてみて下さい。
インプラント治療を受けると、口の中の細菌が減るのでしょうか?問題は全て解決するのでしょうか?
多くの研究では、インプラントの細菌に対する抵抗性は、天然の歯よりも弱いという結果が出ています。
インプラントは「治療」ではありますが、それはトラブルの原因を除く治療ではなく、「機能を回復」する治療です。つまり義足や眼鏡と同じ位置付けであると考えます。劣悪な口の中にインプラントを行うことは、火が燃え盛っている火事の現場に、家を建てるようなものでしょう。
私はインプラントの治療の適応は以下のケースに考えております。
これらのケースではあくまで「細菌がコントロールされている口の中」であることが大前提です。
私の患者さんでも、何人もの方がインプラントの恩恵を受け、歯に関する不安から開放されています。確かにインプラントはとても便利なものです。
ただそういった経験を踏まえた上で、私はこう思っています。私が歯科医師になりたての頃、修復治療の師匠がこう訓えてくれました。
「世界一の腕を持つ歯科医師でも
神様が創った天然の歯には敵わない」
スウェーデンでインプラント治療のトレーニングを受けていたとき、世界中のインプラント医から尊敬を受けていた、インプラント科のL教授にも、まったく同じことを言われました。
学生時代に優秀な解剖学の教師に出会えた学生は、神様がいるとしか思えないほどの優れた天然の歯の構造と機能に感嘆し、生涯にわたって天然歯を守ることの大切さを、歯科医師としてのDNAに刻みこんで、歯科医療を行います。
インプラントは「高度先進医療」の代表的なものですが、そんなことを行わなくとも、歯を守る予防が上手くできたり、インプラントでなくとも、普通の義歯や従来の方法、そして矯正その他の方法で、十分満足いく結果が得られるならば、そちらのほうが、「ほんとうの高度先進医療」ではないかと、私は考えます。
医学において新しい治療法には、ある程度決まった歩みがあります。
第一段階 まず、高い期待が寄せられ、
第二段階 しばらくしてから否定的な結果が出てきて、
第三段階 そして本当の評価が定まる
この考えはドイツの哲学者ヘーゲルの歴史観に大変似ております。
インプラント治療は現在、どの段階でしょうか?私の私見では、スウェーデンでは第三段階になりつつあり、日本では第一段階と第二段階の間のような気がします。
それは「歯を失ったら、インプラントが第一選択!」という歯科医師が、いまだ日本のオピニオンリーダーとなっているからです。
もしあなたがインプラント治療をはじめ、他の高度先進医療を受けるかどうか迷っているとしたら・・・・まずその治療がどの段階にあるのかを知ることから始めましょう。